藤子不二雄のコンビ解消の理由って何なの?

藤子不二雄先生といえばなんの漫画を思い出すでしょうか?ドラえもん?パーマン?ハットリくん?
子供のころに食い入るように見た漫画は数多くあります。中でも、ドラえもんは格別です。同人誌により
いろんな最終回の話があとから作り出され、いったいどれが、本当の最終回がなのかわからなくなるくらいです。

ところで、藤子不二雄先生が二人いるということは皆さんご存知でしょうか?
どらえもんの声が大山のぶ代さん世代は当然知っているとおもいますが、今の子どもさんってそのことも知らないのでは??
最近でこそおふたりの作品は、A先生とF先生に区別してありますが、もともとは、同じ藤子不二雄という名前で活動していました。

ところで、この藤子先生たちがコンビを解散、解消して活動することになった理由を知っていますか?

理由は、諸説あるのですが、藤子F先生のドラえもんが大ヒットしたところからはじまっているようなのです。
当時藤子不二雄という名前でドラえもんを描いていたのだが、実際は藤子F先生の方のみの作品
だったため、同じ職場で、売れる売れないが発生していたようです。

とはいっても、藤子A先生もパーマンやハットリ君など大ヒットを飛ばしており、そこまでの溝はなかったという話です。
(実際のところ、藤子作品での一番のヒットはドラえもんです)

しかし、毎年ふたりの納税額はほぼ同じ金額で、どちらの作品がヒットしても同じ収入としていたようなのです。

実際に二人の共同作品は、オバケのQ太郎のみで、今では著作権の関係で本屋に並んでいません。
このことはみんな、なかなか知らないと思います。

藤子先生二人は仲が悪かったわけでなく、F先生の売れ行きを見たA先生があえて身を引いたとの説が有力です。

他にも、F先生が入院後、職場復帰した際、お互いのチーム内の雰囲気があまりにも悪かったため
F先生が決断したとの説もあります。

いずれにしても、藤子不二雄先生はお互いを尊重し、励ましあい、お互いの道を進んだと考えるのが
妥当ではないでしょうか。漫画で子どもたちに夢を与えるのが仕事ですから、自分たちがぎくしゃくするわけにもいかないはずです。

私は子どものころ、どちらかといえばF先生の作品が好きでした。
大人になってからは、A先生はシュールな感じで大人むきだったからです。
笑うセールスマンとかその典型かと思います。

しかし、ふたりは共通して素晴らしい漫画を描かれたと思います。
いつまでも日本に語り継がれてほしいですね。